トッピングの大量消費は迷惑行為か?

 モラル・マナー・エチケットといった単語は、よく使われます。「モラルが無い」「マナー違反だ」という言葉で、注意・非難したり、されたりするコトもあるでしょう。しかしこれらは、いわゆる『法律』等と違って明文規定がない場合も多く、案外、共通認識を持つための絶対的な基準が確立されていなかったりします。

 ココでは、そんなモラルやマナーに関する1つのエピソードを紹介します。とある大手うどんチェーン店での出来事です。皆さんはこのエピソードをどう思うでしょう。私の考えに賛同するでしょうか、反対するでしょうか。あるいは、どちらとも言えないか。ご意見を聞かせていただければ幸いです。

大手うどんチェーン店の無料トッピング

 私は、ファーストフードや牛丼チェーンなどの安価で手早く食事を済ませられる外食店舗に行く際、いかに安く、いかに多く食べられるかを一番に考えている。うどんチェーンも私にとってはそれらと同じ類の店だ。大手うどんチェーン店の中には、一部のトッピングが無料で、例えば天かすや刻みネギなどが入れ放題だったりするところがある。そういう店に行った時の私は必ず、安いぶっかけうどんを注文した上で、そこに大量のネギを載せて食べている。

かけ放題のトッピング

 ある日、全国にチェーン展開する大手のうどん店に、友人と食事をしに行った。
そこで私が自分用にカスタマイズしたうどんを見て、友人が言った。
「かけすぎやろw」
うむ。分かる。私はそうは思わないが、彼はそう感じたのだ。だからそれをそのまま言葉にした。理解できる。あるいは、関西人である我々にとってこのセリフはいわゆる『ツッコミ』であって、そんなに改まって受け取るような言葉ではなかったかもしれない。
しかし、間髪入れずに発せられた次の言葉を聞いて私は戸惑った。
「他の人の迷惑になるやん。」
『…え…?』
友人の発言の意味が分からないワケではない。どういう思いから発せられた言葉かも分かる。
だが…
(それは違うぞ友よ。)
私はそう思った。
そして
「なんで?」
と聞き返した。
彼は、
「フツーにマナー悪いやろ。」
と言った。

マナーの良し悪しではなく、契約の有無

 このやり取りを聞いて、皆さんはどう思うだろうか? まさに友人のいう通りだと思う人もいるだろうし、私が「違うぞ」と思ったコトに共感する人もいるかもしれない。「実際にそのうどんを見ねぇと何とも言えねぇなぁ」という人もいるだろう。私がカスタマイズしたうどんを見なければ判断がつかないというコトは、かけられたトッピングの量、今回で言えば私が使ったネギの総量が問題になるというコトだろうか。

 私の理屈はこうである。ネギも天かすもフリーだ。いくらかけても良い。私が大手うどんチェーン店でうどんを食べるのは、安いうどんに特定のトッピングが自由にかけられるからである。当該のうどんが300円だとしたら、その金額にはトッピングの料金も入っている。「このうどんに好きなトッピングを好きなだけかけてOK、それで300円です。」というのが店の売り方なのだ。そして私はそれに同意して300円を払った。だから私は料金で保証されているサービスを、当然の如く受ける。

 コレは言わば法律論で、「トッピングを自由にかけてよいうどんを300円で購入する」という契約を私と店側が結んだというコトになる。だから私は自由にネギをかける。もし、消費するネギの量に規制をかけられるとしたら、それは店側の債務不履行、つまり一方的な契約違反であって、トッピングフリーのサービスを受けられる前提でお金を払ったコチラからすれば、極めて理不尽である。

 もし私が使いたいだけ使った結果、次の客が欲する量のネギが残らなかったとする。この場合はどうか。コレがまさに私の友人が指摘した「他の客に迷惑がかかる」という状況だと思われるが、答えは簡単である。私の行為には全く問題がない。なぜなら「他の客には一切迷惑がかかっていない」からだ。

 どうしてそう言い切れるのか。それは、私と次の客とは、いかなる点においても一切関係がないからである。コレは「冷たい」とか「傍若無人だ」とか非難されうるような話では決してない。実際問題として本当に関係ないのだ。私と次の客とはあらゆる点において一切無縁である。ただ、たまたまその瞬間、同じ空間に居合わせたというだけ。「私がネギを自由にかけるかどうかは店との契約如何に拠る」のと同様に、次の客が本人の好きなようにネギをかけるかどうかも、その人と店との契約次第だ。

契約と債務

 上述のような『契約関係』は、常に店と客の間で取り交わされているのであり、前の客と次の客との間には一切みとめられない。そこは容易にご理解いただけるだろう。なので今回の件の場合、私がもしネギを使い切ったとしても、次の客は私を糾弾するのではなく、店側に「ネギがないから補充してくれ」と伝えなければならない。もしそこでストックのネギも無かったら? 無論、1000‰店側の責任である。債務を履行(300円の支払いを)した次の客に対して、店が契約違反(債務不履行)を犯したのだ。「前の人が使い過ぎたから…」というのは、直接的な『原因』ではあるが、『責任の所在』を前の客に求めるコトはできない。故にその言い訳は全く通用しない。次の客がかわいそう?仕方がない。ストックが切れる͡コトを危惧するならば、開店と同時に入店するしかない。ストックが切れているコトが許せないならば、契約違反を理由に契約を解除すればイイ。要するに「そこでうどんを食べなければイイ」のだ。

 フリーにしているのだから、たくさんかける奴もいれば、全くかけない奴もいて当然。その上である程度の試算をして、店側はストックを用意しておくのである。それでもストックが切れたのなら、それは店側の発注ミス、準備不足だ。ただただ店側の不備でしかない。「異常に消費する客が現れたので想定外」だったとしても関係ない。それを想定できなかった店の不届きである。ゆえに私は誰からも責められるハズがないし、次の客は店以外を責めるコトはできない。

 コレは例えば、私が常識外れな量のネギを消費していたとしてもである。100g使おうが、100t使おうが一緒である。『フリー』なのだから。屁理屈ではない。もし100tがダメならば、フリーと言ってはいけない。そんなものはただの詐欺である。これが例えば、私が「ポケット一杯にネギを詰めて持ち帰ろうとした」というような状況だったらまた話も変わってこようが、そうではない。食べられないような量を無駄に使用して大量に残し、店に迷惑をかけたのでもない。店内で、自分が食べるうどんに食べたいだけのネギをかけて、それを食べるだけである。法律論を突き詰めて「実際の裁判になった場合に裁判所はどういう判断を下すか」という話にまでなればどうか分からないが、話の本筋から言えば問題があろうハズもない。

 別にお客様が神様だという態度で傲慢に振舞おうというのではない。法律論だといったが、その観点から言えば、店側ももし相手が受け入れたくない客なのであれば追い出すコトはできる。だが、客が希望する分だけ食べ放題のネギを消費したコトで糾弾されるというのは、いかにもおかしい。もし一定以上使われたくないのであれば、それを明記すべきだ。数量を規定したいのならばそれでも構わない。ただ、もし制限をかけるのであれば「フリー」だという大嘘をついてはならない。そもそも私は、ネギが自由にかけられるからこそ、この店でうどんを食べようと思ったのである。そのサービスがついていないならば、ココでうどんは食べない。その無料トッピングが利用できる前提でお金を払ったのだ。だから店と私の間に契約が成立した。トッピングが自由に使えないなんて、あり得ないのである。

『「それ迷惑ですよ」という声をかける』という迷惑行為

 私の行為が他者に対して迷惑になりえるかどうかについて、実際に消費したネギの量を見なければ何とも言えんと思った方もいらっしゃるだろう。しかし、私の感覚からすればそれもおかしい。無論、それぞれの基準で「これは使いすぎ」「もっとかけたらイイのに」と思うコトはあるであろうが、コレは極めて主観的かつ無責任な判断である。例えば店側が「1人100gまで」と明言していれば100g以上はかけすぎだが、明言されていなければ、数的なボーダー、つまり、客観的基準は存在しない。誰かが思う「かけすぎ」は私にとって「少ない」かも知れず、私が満足する量は誰かにとって「多すぎる」になるかも知れない。誰が正しいワケでもない。誰が間違っているワケでもない。それぞれが自分の感覚で判断するモノであって、他人がとやかく言うモノではないし、他人にとやかく言われるモノではない。

 当たり前の話だが、フリーのトッピングをどれだけ使うかは、本人次第。何億トン消費しようが、ただそれだけの量を食べたくて食べたのならば問題はない。異常な量だとしても、それは他の人の主観が『異常』と判断したたけで、食べている本人は『正常』である。もしかしたら『異常』だと思ったのは地球人口70億人中1人かもしれない。そもそも契約上も一切問題無い行為だ。故に、そこに全く関係の無い第三者が表れて口出しをしてくるなど言語道断。全くもって意味不明である。というか、その糾弾こそが、まごうコトなき迷惑行為と言えるのではないか。全くもって支離滅裂な主張。笑止千万、不届千万の極み。

 ココまでの理屈を踏まえれば、今回の友人の「かけすぎやろ」は、ただただ「友人がそう思った」というコトでしかなく、いわば『感想』である。私が消費したネギの量は、食べる私自身の判断によって決まったモノであるからして、完全無欠の正解。契約の範囲内の行動をとり、私は私の食事を用意した。これ以上の正解が果たしてドコにあるだろうか。そもそもこの店は、店内のあちらこちらに大量のネギトッピングを促す広告を貼っている。店側も私の行為を後押ししているではないか。もはや、いや最初から、議論の余地などなかった。友人の発した「他の人の迷惑になるやろ」という極めて思慮の浅い発言こそがまさに私に対する『迷惑行為』であり、歪んだ正義感の産物である。無料のトッピングをフリーに使うコトは、一点の曇りもない圧倒的正義なのだ。

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