人種差別発言

人種差別か否かではなく

みんな大好き、ヨーロッパのプロサッカーリーグ

 皆さん、サッカーはお好きでしょうか? 私は昔好きでしたが、最近のスポーツ事情は全く知りませんw プロスポーツとしてのサッカーは、日本であれば『J.LEAGUE』ですが、世界にもプロサッカーリーグはたくさんありますよね。特に有名なモノは、ヨーロッパに集中している印象があります。
その中の1つであるスペインのリーグは、日本では『リーガ・エスパニョーラ(Liga Española)』の名前で親しまれてきましたが、2016年にリーグ名が “Liga BBVA” から “LaLiga Santander” に変更されたそうで、 それを機に『ラ・リーガ(LaLiga)』という新たな通称で呼ばれるようになりました。

引用元:プリメーラ・ディビシオン (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 一応、私の専門である言語の話を挿入しておくと、この “La” はいわゆる定冠詞で、英語でいうところの “The” 。
“Liga” は英語で言い換えるならば “League” なので、”La Liga” は “The League” (ザ・リーグ)というコトになります。
この名前が通称になっているそうですが、こうやって見ると、とても固有名詞とは思えませんねw
ちなみに、”Liga” は女性名詞なので、定冠詞も “La” という女性形になっています。
(定冠詞の男性形は “Le” )

人種差別発言?

 2021年7月3日、とあるヨーロッパのプロサッカー選手2名が、日本人に対して人種差別発言を行ったとみられる動画が流出しました。
その2人は、先程とり挙げた『ラ・リーガ』の名門クラブチーム、バルセロナ所属であるデンベレ(Ousmane Dembélé)選手とグリーズマン(Antoine Griezmann)選手。
所属クラブはスペインリーグと言いましたが、両名共に国籍はフランスで、ナショナルチームに選抜されているフランス代表選手でもありました。

動画が流出したのは2021年7月3日と書きましたが、撮影された時期は2019年の夏頃だそうです。
2人がホテルに泊まった際、部屋でゲームのセッティングをしてくれているスタッフの様子を撮ったモノでした。
内容を客観的情報のみで簡単にまとめると以下の通りです。

まずデンベレ選手が、ゲームの設定に手間取っているホテルマンに対し
“Toutes ces sales gueules, pour jouer à PES, t’as pas honte?”
と言いながらグリーズマン選手にカメラを向けます。
次に、ホテルマンにズームインして
“Oh putain la langue ! Vous êtes en avance ou vous n’êtes pas en avance,dans votre pays ?”
と発言しました。

この映像が流出してスグ、国内外でデンベレ選手とグリーズマン選手への非難が殺到。
フランス人、日本人、スポンサー等から様々な声が挙がりました。
彼らの母国フランスでもこの問題が大きく取り上げられると共に、日本国内でも色々な翻訳が飛び交い、そこから『差別なのか差別じゃないのか』論争が紛糾しました。
1ヶ月以上経ってもまだガチャガチャと議論し合っているのを見掛けたりもします。
一体、この発言は差別なのかどうなのか。
そもそも何が問題なのか。
その辺を道教的観点から語ってみようと思います。

人種差別か否か

 私は、第2言語が英語で、第3言語がスペイン語、第4言語がドイツ語なので、フランス語のコトは詳しく分かりません。
ある程度フランス語の素養がある人達の間でも、その場の雰囲気や前後の文脈で意味の取り方が違ったりするのを複数見掛けたので、敢えて訳語は載せないコトにします。
唯一ハッキリしているのは、”PES” というのが “Pro Evolution Soccer”(プロ・エボリュション・ソッセー)の略で、日本で大人気のサッカーゲーム『ウイニングイレブン』のEU版を意味しているコトぐらいでしょうかw

 一応、動画全体の簡単な流れとしては、

2人が泊まるホテルの部屋でウイニングイレブンをしようと思い
スタッフにセッティングを依頼
    ↓
自分には理解できない日本語を話しながらセッティングに手間取っているスタッフを見て
手際の悪さや日本語の意味不明さを非難した?あるいは茶化した?

といった感じになるかと思います。

 世間で非常に話題になった議論の1つに ” putain” という単語の意味や使い方に関するモノがありますが、何度も言うように私には、コレについて語れる程のフランス語の素養はありませんw
それどころか、この論争自体が不毛かなという印象を抱いています。なので触れませんw
この一連の発言が差別に当たるのかどうか、そういう意図があったのかどうかについては、正直判断しかねます。
そもそも、そういった『差別か否か』の評価は、今回の件の本質ではない気もしているので、難しい話は専門家にお任せして、ココではもっと平易な考え方を提示してみたいと思います。

相手の無知を利用して悪意を投げつける

 体験したコトがある人もいるのではないでしょうか?
知らない外国語を話している人たちが笑いながら自分の方を見ている
といったような状況を。
もしかしたら、見られている側ではなく、自分が見ている側の立場になったコトがある方もおられるかも知れません。

 あまり外国人を見掛けない環境にいる方は経験がないかも知れませんが、利用人口の多い交通機関を使ったり、繁華街で過ごしている時にはたまにあります。
複数の外国人が特定の誰かを見ながら話をしたり、明確に誰かを指し示しながら笑っていたり。
彼らが何の話をしているかは、全く分からないというコトが殆どかも知れません。
ただ、見ようによっては『特定の誰かをみんなでバカにしている』ように感じられる時があります。

 もちろん、何を話しているかが分からないのであれば明確な判断はできません。
変な被害妄想を抱いても自分にはネガティヴな影響しかありませんから、もし何を喋っているのかが分からないのであれば、受け手としては何も気にせずスルーするのが一番です。
ただ、こういう時に「相手は自分たちの言葉を理解できない」と思い、平然と悪口を言ったり馬鹿にしたりする人は結構います。
今回の著名なフランス人選手の件も、恐らく同様のパターンでしょう。

ココで、私が体験したエピソードを紹介したいと思います。

自分の言葉が理解できないだろうと高を括る外国人

マナーの悪い外国人

 私がとあるNPOで働いていた頃、毎日片道15kmの距離を自転車で通勤していました。往復で30km。
公共交通機関の乏しい田舎にいたからではありません。
ただ単に私がドコに行くにも自転車移動の人だったというだけです。
その当時、帰りに通過する比較的大きな私鉄の駅付近で、ラーメンを食べて帰るコトがたまにありました。

 よく行くそのラーメン屋は割と人気で、行列ができる程ではありませんでしたが、立地の影響もあってか、入店した時はいつも満員かそれに匹敵する人数で席が埋まっている状態でした。
2017年4月12日(水)の夜も、NPOでの活動を終えた帰りに寄ったのは、そのラーメン屋でした。

 入店した時は、いつも通りほとんどの席が埋まっていましたが、1つだけカウンター席が空いていました。
となれば、当然そこに座りますよね。
ただその時は、隣の人が空席の足元も半分占領するような形で鞄を置いていて、非常に座りにくい状況でした。
とはいえ、他に席は無いので仕方なく私はいそいそとその席へ。
鞄を無造作に転がしていたのは右隣に座る白人男性でした。
彼は左横に人が座ったコトに気付いたようでしたが、自身の鞄のコトは気にせず、彼の右隣に座っていると思しき連れの方を向いて話をしていました。

 鞄は多少気になりましたが、邪魔で仕方ないという程ではありませんでした。
持ち主と私の丁度間ぐらいの足元にあったので、非常に微妙な位置です。
恐らく彼としても、他人の領域を犯している意識は希薄で、自分の荷物はちゃんと手元に置いてある感覚だったのでしょう。
私は無心でいつも食べる辛いラーメンを注文し、独り黙々と食べ始めました。

 外国人客とその連れはダラダラと喋ってはいましたが、私より先に店に入っていたので、当然私よりも早くラーメンを食べ終わります。
食事を終えれば長居をするような場所でもないので、しばらくして彼らは退店するような動きを見せ始めました。
しかしココでチョットした事件が発生します。

ラーメン屋で炸裂する必殺のアメリカン・ジョーク

 私の隣に座っていた白人男性の連れは、日本人女性でした。
2人は食べ終わって会計を済ませ、楽しそうに話しながら外へ出ようとしました。
しかし、男性の方がふと何かに気付き、座席に戻ってきます。
女性は「うそぉ~w」と言いながらケタケタ笑っていました。

コレをお読みの方はスグに察しがついたかもしれません。
私の隣に座っていた外国人男性は、鞄を置き忘れていました。
そらそうです。
彼は、どう考えても隣に座った人の邪魔になるような鞄の置き方をしていましたから、立ち上がった際、手近に荷物は見当たらなかったでしょう。
そのまま鞄を置き去りにしてしまったとて、何ら不思議ありません。

しかし、幸い彼は退店直前に気付いたようで、鞄を取りに戻ってきました。
一応言っておきますが、私は彼の荷物を隠していたワケではありませんし、彼が鞄を置き忘れる様をメシウマと思って眺めながら高みの見物を決め込んでいたワケでもありません。
とにかく、サッと自分の鞄を担ぎ上げた彼は、スグに踵を返して出口に立つ女性の元へ歩いて行きました。

狭い店の出口で彼女と合流し、彼はこう言いました。
“That guy had it.”
…ほぉ。
コレがお得意のアメリカンジョークというヤツか。
私は瞬間的にピキッと来たので、声が発せられた方を睨みつけましたが、彼らはそれには気付かずゲラゲラと笑いながら店を出て行きました。

“That guy had it.” (アイツが俺の鞄持ってたよw)
彼は連れの女性にそう言ったのです。
まぁ、分かります。
彼は、『私に向かって』そう言ったのではありません。
『彼女に対するジョーク』で、そう言ったのでしょう。
彼の発言は、特に私を傷つける意図はなかったでしょうし、ましてや差別的でもありませんでした。
しかし…

彼は間違いなく、私が言葉を理解できないだろうと踏んで、私をジョークに利用しました。
でも、もしコチラが言葉の意味を理解していたら… 憤慨しますよね?
いや、憤慨は言い過ぎかも知れませんが、少なくとも気分は良くないハズです。
なので向こうも、コチラが言葉を理解できると想定していれば、周囲を全く気にしない声量であのような言葉を発するコトはなかったでしょう。
つまり彼は、私が英語ネイティヴではないのをイイことに、誰に何を憚るでもなく、デカい声で私をバカにしたのです。

しかし、彼には誤算がありました。
当時、英語の先生をやっていなかった時期ではありますが、仮にもコチラは外国語の教員免許を持った人間です。
彼が何を言ったか、瞬間的に理解しました。
どうやら彼は自分の誤算に気付かなかったようですが、彼が相手に伝わらないと思った悪意は、実は明確に受け手に伝わっていたのです。

ただでさえ雑な鞄の置き方でマナーの悪かった白人男性が、退店の際に自分のミスで鞄を置き忘れた上、ジョークとは言えそれを私のせいにしました。
厳密には、私のせいにしたワケではありません。
彼の発言は、あくまでジョークですから。
しかし彼が、コチラの理解力を軽視して、私をバカにしていたコトだけは確かです。
彼の様子と彼の目、そして2人の笑い声がそれを明確に表していました。

相手に知られなければ何を言っても良いのか問題

この私のエピソードと、冒頭で語った問題、コレらは、それぞれ状況や言葉の重みは違えど、本質は同じだと私は思っています。
いずれも、発言した側は「相手がコチラの発言の意味を理解していない」と高を括り、好き放題に言葉を投げつけているのです。
『相手が理解できないのをイイことに、他人をバカにした。』
どちらの事象も、一言で表せばコレです。
内容が差別的かどうか、あるいはどのぐらい酷い意味の発言だったか、というのは、それぞれの事案を詳細に語る際には重要かも知れませんが、事の本質ではありません。
形はどちらも一緒、相手が理解できないのをイイことに、バカにしている。コレです。

実際には、相手が同じ言語を操る場合も同じです。
聞こえないような声で他人を非難するコト、ありますよね?
同じです。
相手に聞こえてないのをイイことに、悪意をぶつけているのです。
コレやってしまうと、もし相手に伝わった時に非常に面倒ですよね。
「あ? 何か言ったか?」
こうなります。

外国語の場合も同じです。
相手が発言者の言葉を理解できなければスルーされるでしょうが、人によったら何か察してネガティヴな感情を抱く場合もあります。
私のように、受け手が言葉を理解できた場合は、明確に悪意を感じ取ってしまうでしょう。
フランスのプロサッカー選手の場合も同じです。
彼らが発した言葉が、その意味を理解する人の耳に入った結果、炎上しました。

全て、発言者が投げつけた悪意が顕在化して、自分に返ってきているのです。
『お天道様がみている』
というようなスピリチュアルな話をするつもりはありません。
しかし、結果、因果応報となっているのが冒頭の騒動です。
相手には理解できない、相手には聞こえない、と高を括って発した言葉も、相手に絶対に届かないという保証はありません。
仮に、相手が理解ができなくても、何となく悪意を受け取ってしまう場合もあります。
相手をバカにしたり、貶めるような発言は、相手に届かない可能性があってもしない方がイイという、良い例ですよね。

無用な悪意は発しない方が良いというのは何となく分かりました。
では受け手はどうすべきでしょうか。

今回の事案のように『自分が何か言われていても、相手の言葉が全く理解できない』というコトは多いかも知れません。
「それでも、何かバカにされているような気がする…」
そう思うコトもあるでしょう。
しかし、コレらは気にしないが吉です。
冒頭で語った通り、無用な推察をして、心がネガティヴに染められても自分に得はありません。
分からないならスルー推奨。
スルースキルはとても重要です。

人間関係を円滑にし、より良くストレスフリーに生きるには、
他人に無用な悪意はぶつけず、
「相手には聞こえない」「相手には理解できない」と高を括ってバカにせず、
思うコトがあるなら腹の中で罵れば良いのです。
思うだけならば自由です。

悪意をぶつけられる立場になったならば、
相手がコチラをバカにしているように見えても、
それが明確ではないのならば、
被害妄想だと思って気にしないのが吉です。

悪意を投げつけず、投げられた悪意は受け取らず、
それが一番効率良く、安全かつ平和、ストレスフリーで幸せなのではないでしょうか。

まぁ、徹底するのは難しいですケドねw
いかがでしょう。

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